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ブルーミントン (ミネソタ州) : ミニ英和和英辞書
ブルーミントン (ミネソタ州)[ぶる]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

ブル : [ぶる]
 【名詞】 1. bull 2. (n) bull
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ミント : [みんと]
  1. (adj,n) (abbr) mint 2. peppermint 3. (P), (adj,n) (abbr) mint/peppermint
: [す, しゅう]
 (n) sandbank

ブルーミントン (ミネソタ州) : ウィキペディア日本語版
ブルーミントン (ミネソタ州)[ぶる]

ブルーミントン()は、アメリカ合衆国ミネソタ州ヘネピン郡に属する都市である。人口では州内第5位、ミネアポリスセントポール都市圏では第3位の中核市である。ミネソタ川ミシシッピ川に合流する地点の上流北岸に位置し、ミネアポリス市からは南に10マイル (16 km) にある。2000年国勢調査では人口85,172人だったが、2010年では82,893人と減少した〔。
第二次世界大戦後、ミネアポリス市の都市格子状道路の延長にあった郊外住宅ブームに乗って町が形成され、西部のブッシュ湖地域には上流層、中部や東部には一戸建て住宅の並びに伝統的な中流層の住宅地がある。ミネアポリス市とは州間高速道路35W号線と同494号線で繋がれている。州間高速道路494号線回廊に沿って大規模商業開発地が集中している。一人当たりの公園面積が1,000平方フィート (93 m2) 以上と広大な公園があることの他に、ミネソタ川に接する南市境はミネソタ・バレー国立野生生物保護区となっている。
ブルーミントンはベッドタウンと考えられてはいるが、ミネアポリス市やセントポール市よりも一人当たり勤め口数は多い。経済面ではセリディアン、ドナルドソン、ヘルスパートナーズおよびトロなど大企業の本社がある。また小売業でもアメリカ合衆国最大規模の屋内型ショッピングセンターであるモール・オブ・アメリカが有るなど全国的に認知されている。ミネアポリス・セントポール都市圏の中では唯一ライトレールが走っている郊外地である。
== 歴史 ==

1839年、ムデワカントン・ダコタ族のクラウドマン酋長が、オジブワ族との抗争が再燃した時に、ミネアポリスのカルフーン湖から現在のブルーミントン南部ポートランド・アベニューに近いオークグローブと呼ばれる地域に、そのバンドを移動させた〔A History of Minneapolis: Mdewakanton Band of the Dakota Nation | author=JoEllen Haugo and Mary Jo Laakso | publisher=Minneapolis Public Library〕。1843年、最初のヨーロッパ人開拓者としてピーター・クインとルイーザ・クインがブルーミントンに住み、ミネソタ川沿いに小屋を建てた〔History of Bloomington 〕。彼等はインディアンに農業の方法を教えるために政府から派遣されて来ていた。宣教師のギデオン・ポンドがクラウドマン酋長のバンドに付いてダコタ族の言語を記録していたが、その年遅くにその丸太小屋を移してオークグローブ伝道所を設立した。ポンドとその家族が礼拝を行い地元のダコタ族に学校の教科と農業を教えた。1849年にウィリアム・チェンバーズとジョセフ・ディーンがブルーミントン渡しの運行を始めてミネソタ川を渡る手段ができた。この渡しは1889年にブルーミントン・フェリー橋ができたときまで運行された。
1851年にトラバース・デ・スー条約が締結されたことに続いて、ブルーミントンを含むミシシッピ川より西の領土が開拓者に開放された。ブルーミントンに入植した開拓者集団にはグッドリッチ、ハロン、およびエイムズの家族が含まれていた。彼等の出身地だったイリノイ州ブルーミントンに因んで、この町もブルーミントンと名付けられた。名前が意味するものは「花咲く草原」だった。最初期の職業といえば、農業、鍛冶屋および製粉屋だった。カナダから来たオックスボロ家がリンデール・アベニューに交易所を建設し、オックスボロ・ヒースと名付けた。現在、その交易所があった場所にクロバーリーフ・ショッピングセンターがあり、近くにあるオックスボロ・クリニックはこれに因む命名である。バリフ家がペン・アベニューとオールド・シャコピー道路に食料雑貨店を開店し、ヘクター・チャドウィックは開拓地に来た後でブルーミントン渡し場近くに鍛冶屋を開いた。1855年、ハリソン嬢の家で全ての子供達に最初の公共教育が始まり、1859年には最初の学校であるギブソン・ハウスが開校した〔。1858年5月11日、この日にミネソタがアメリカ合衆国の州として公式に認められ、住人25人がブルーミントンの町制を始めた。1880年までに人口は820人にまで成長した。1892年、最初の町役場がペン道路とオールド・シャコピー道路に建設された。この時までにミネアポリスに最も近いダコタ族はギデオン・ポンドの住宅に住んでいた〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ブルーミントン (ミネソタ州)」の詳細全文を読む




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